カナリア学園の物語-2章から 「はい」と言わせる魔法

ウラシマ・ケント
 認知心理学者 ウラシマ・ケント
 中高一貫の女子校カナリア学園でスタートした新しい授業「考える時間」。これを担当するためにやってきたのは,ウラシマ・ケントと名乗るひとりの認知心理学者でした。カナリア学園に起こるさまざまな事件や問題を授業のネタとして取り上げ,考える心のしくみを解き明かすウラシマ先生。今回の授業で取り上げるのは,**「はい」と言わせる魔法**です。

「はい」と言わせる魔法 目次


承認誘導研究の出典と補足解説

「2.「はい」と言わせる3つのテクニック」で紹介した実験の出典と,承認誘導研究について解説します。

(1) フット・イン・ザ・ドア(foot-in-the-door)テクニック

 言わば「段階的に要求する」方法です。紹介した実験の出典は以下の通りです。
Freedman, J. L., and Fraser, S. 1966 Compliance without pressure: The foot-in-the-door-technique. Journal of Personality and Social Psychology, 4, 195-202.

(2) ドア・イン・ザ・フェイス(door-in-the-face)テクニック

 言わば「譲歩した後に要求する」方法です。紹介した実験の出典は以下の通りです。
Cialdini, R. B., Vincent, J. E., Levis, S. K., Catalan, J. Wheeler, D., & Darby, B. L. 1975 Reciprocal concession procedure for in-ducing compliance: The door-in-the-face technique. Journal of Personality and Social Psychology, 31, 206-215.  なお,ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックでは,コントラストの効果が用いられていますが,この効果がいかに強力なものかを次の例で体験してみてください。  ・コントラストの効果を体験する その1
 ・コントラストの効果を体験する その2

(3) ローボール(low-ball)テクニック

 言わば「承諾を先取りする」方法です。紹介した実験の出典は以下の通りです。
Cialdini, R. B., Cacioppo, J. T., Bassett, R., & Miller, J. A. 1978 The low-ball procedure for producing compliance: Commitment than cost. Journal of Personality and Social Psychology, 36, 463-476.

(4) その他のテクニック

 他に,「ザッツ・ノット・オール(that’s-not-all)テクニック」もよく用いられるようです。これは,はじめに提示した条件で相手が迷っている時などに,さらに有利な条件を付加して承諾を誘導する方法です。たとえば,ある靴を買おうかどうしようかと考えているお客に,「こちらもおまけしますよ」と携帯に便利なシューズバッグをつけることで,商談が成立する場合があります。同じ値段で最初からシューズバッグもセットにして売るよりも,あとでこれを付加した方が,ずっと効果的です。なぜこのような効果が生じるのかについては,次の2つの説明が考えられます。
 1つは,ショップ側が「シューズバッグをつける」という譲歩をしたことに対して,今度はお客の方も「それでは,私も譲歩して承諾しよう(買うことにしよう)」と思ってしまう,という説明です。(「譲られたら譲り返す」ですね)。
 他の1つは,コントラストの効果です。つまり,「靴だけ」というはじめの条件が比較の基準となり,あとから出された条件「靴プラスシューズバッグ」が魅力的なものに感じられて,つい買ってしまうというものです。

承諾誘導が社会的影響(social influence)をもたらす要因

 Cialdini(1998)は,承諾誘導の問題を中心に,社会的影響(social influence)をもたらす要因を,次の6つにまとめています。
(1)返報性
 受けた好意や借りに対しては,お返しをする(譲られたら譲り返す)という傾向。すでに述べた通り,ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックに用いられています。
(2)コミットメントと一貫性
 自分が一度決めたことや表明したことを,後で変えたがらない傾向。状況や条件が変化した場合にも,私たちは最初の自分の決定に固執する傾向があります。フット・イン・ザ・ドア・テクニックやローボール・テクニックに用いられています。
(3)社会的証明
 (大勢の)他者の判断に基づいて自分の判断を下そうとする傾向。カナリア学園の物語2章第2節にも述べていますが,社会的証明の原理は崩れることがあります
(4)権威
 その道の権威が発信した情報を無批判に受け入れてしまう傾向。○○大学教授や○○博士,○○科学者などが発信する情報ですが,これも常に正しいとは限りません
(5)好意
 自分が好意を持つ相手からの勧めに応じやすい傾向。これは,直接の知人とは限らず,たとえば,芸能人やスポーツ選手などがテレビ・コマーシャルで宣伝する商品を買ってしまう,といったこともあります。
(6)希少性
 残りわずかな商品や手に入りにくいものに魅力を感じてほしくなる傾向。タイム・サービスの対象品やショップに1着しか残っていない服は,「買わなければ後悔するのでは?」という気にさせることが多いものです。

参考)

 Cialdini, R. B. (1998) Influence: Science and Practice. Scott, Foresman and Company, Illinois, USA. (社会行動学研究会(訳)1991 影響力の武器:なぜ,人は動かされるのか 誠信書房)
 この本は,社会的影響に関する数多くの知見をとりあげています。実験研究の紹介に加え,Cialdini自身が3年間を費やしてセールスや募金勧誘,広告などの承諾誘導の現場に入り込み,参与観察を行った結果をまとめたものです。読み応えがあります。

現実の承諾誘導事例

 ここでは,実際に承諾誘導技法を他者から使われた,または自分自身が使ったという方々の体験事例を紹介します。

  ・事例集1 承諾誘導体験事例集
  ・事例集2 執拗な勧誘への対策事例集

特別番組:エキセントリック霊感商法

この特別番組では,相手に大きな不安を与えることで合理的な判断力を低下させ,高額商品の購入を承諾させるテクニックの例を紹介しています。このドラマの主人公のように,もともと悩みを抱えており,また人を信じやすい若者が,被害にあうことは少なくありません。

なお,視聴者に特定の業者をイメージさせることがないよう,ドラマの内容には,大幅な誇張・変形を加えてあります。