「カナリア学園の物語コンテスト」入選作品
作品番号4 見た目に騙されるな! ~数字とグラフのテクニック~
*計算してはいけない数字だってある!*
今日も火曜の4限のチャイムが鳴りました。「考える時間」の始まりです。4月の頃には落ち着かなかった生徒たちもウラシマ先生がやってくるのを静かに待っています。「君たち,そろそろ期末テストの勉強をしているかな。どうだい,リサくん」
「うーん,私中学の頃は結構国語が得意だと思ってたんですけど,この前の中間テストで40点なんて点数取っちゃって。高校で初めてのテストだからと思ってたくさん勉強したのに。だから自信なくしちゃって,まだテスト勉強に手をつけてないんです」
すると,エリがリサに向かって言います。
「確かに,リサは中学の頃90点以下取ったことなかったもんね。でもさ,あのテスト,先生がいじわるしてめちゃくちゃ難しくしたから30点以上の人はクラスに3人しかいなかったらしいよ。点数だけ見るとショック受けちゃうかもしれないけど,もっと自信持っていいんじゃないかな。この前の授業でウラシマ先生は『分布が大事だ』っておっしゃってましたよね。」
「その通り。40点がいいか悪いかは,その他の人がどんな点数をとっているかによって変わってくるんだよ。だからリサくん,その調子で頑張って勉強すれば通知表に10がついてかえってくるかもしれないし,まだまだ諦めちゃいけないよ。」
「じゃあ,この前は私20点だったからこのままだと5くらいの成績がつくかな。もっと勉強しなくちゃ!」
「サエくん,それは40点で10だから,20点なら5くらいの成績がつくという考え方をしているのかな。せっかくだから,今日は君たちに尺度という概念について教えよう」
「スティーブンスという人が,ある変数の数値がどのようなものさしで測定されたものであるかを『名義尺度』,『順序尺度』,『間隔尺度』『比率尺度』の4段階に分類しています。プリントを見てみよう。」
「名義尺度とはたとえば出席番号とか,電話番号なんかのことだね。数字が大きいからすごいとか,1組だからえらいとか,そういうことはないだろう。次の順序尺度は50m走の順位やきょうだい順位などで,50m走の場合だと1位は2位の2倍速いかというとそうではないし,3位-2位=1位でもないよね。間隔尺度は気温や年号などが分類されます。20℃-10℃=10℃という計算はしてもいいけれど,5℃は1℃の5倍あついというわけではないんだ。比率尺度はたとえば身長や体重だね。これらはゼロの位置がちゃんと決まっているから,20kgは10kgの2倍重いという計算をしてもいいんだ。」
「では,通知表の10段階で表された成績は,どの尺度に分類されるかな。はい,リサくん」
「通知表にはゼロはないし,10に近い方が成績はいいわけだから……でも,10や1がつく人は少なくて,10と9の差と6と5の差は同じじゃない気がするし,順序尺度だと思います」
「その通り。順序尺度だから5の2倍の成績のよさで10がつくというわけではないんだよ。ただ,評定平均といって,順序尺度の数値から成績の平均値を出したものが推薦入試の1つの資料として便宜的に使われることもあるけどね。数字って,すごく便利だけど,ちゃんと知っていないと騙されてしまうから気をつけてね。表面的な数字だけを鵜呑みにして,自信をなくして期末テストの勉強を諦めてしまったら,せっかくのいい成績をとるチャンスを台無しにしてしまうかもしれないよ。」
「諦めずにしっかり勉強します。先生,気づかせてくださってありがとうございます!」
*グラフの見た目に騙されるな!*
「数字を見た目のまま鵜呑みにしてはいけないということが分かったところで,今度はグラフについても学んでいこう。『とても効果があります!』という文句だけでは納得しないけど,その横にグラフがあるだけでなんだか説得力がある気がするよね。でも残念ながらグラフの中にはうまくテクニックが使われることによってより効果があるように見せかけられているようなものがある。今日は君たちにそうしたグラフを冷静に読み取る力を養ってもらって,買い物に失敗したり,不十分なサービスを受け取ることがない人生を送ってもらいたいと思っています」「ではプリントに描いてあるふたつのグラフをぱっと見比べてほしい。直感で,図1と図2のどちらのほうが効果があったように思うかな?」
「グラフの下がり方が大きいから図1のほうが効果があったと思います」
「みんなはどう思うかな。図1のほうが効果があったと思う人は手を挙げてみて」
(多くの生徒が手を挙げる)
「実は,この2つのグラフは全く同じデータを元に作ったグラフなんだ。でも,図1の方は体重が減っていて,図2ではあまり変わらないように見えるよね。どうしてこんなことが起こるのか分かるかな。今度はよーくふたつのグラフを見比べてみてください」
「あ!縦軸の目盛りがちがいます!」
「そうだね,エマくん。縦軸の体重の目盛りに注目してみよう。図1では48から目盛りが始まっていて,0から48までの間の目盛りが省略されてしまっているんだ。だから同じ体重の減り方をしているのに,グラフの傾きが変わってしまっているんだよ」
「一切数字に嘘はついていないから,騙されても文句は言えないってことですか?」
「残念だけどそうだね,だからグラフを読み取る側がしっかり知識を持って冷静に判断しなくてはならないんだよ。」
「他にもいろいろ不十分なところがあるんだけど,このグラフにはどんな情報が足りていないと思う?」
「えっと……そうだ,Aさんのグラフだけじゃみんなに効果があるかどうかはちょっと分からないと思います。そもそもこれは体重が減ったって言えるのかな」
「それは言えてるね。実験に参加している人が少なすぎると,偏った集団の結果が反映されているのかどうかを確かめられない。そのお粥を食べなかった人のグラフと比べなきゃいけないよね。そのとき,そのお粥を食べたかどうか以外の条件はできるだけ統一されていないと正しく比べられたことにはならない。それから,他に体重を減らしている原因が隠されていないかにも注意しなくちゃいけないね。単に一日のカロリーの摂取量が減っただけで痩せたのだとしたら,いちいちお金のかかるお粥なんか食べなくても,もっと他にお金のかからない方法があるだろうしね」
「それなら節約した分チョコレート買っちゃうかも」
「マミくん,それじゃあ一生ダイエットはできないよ」
「うふふ,でも先生,そんなに細かく情報のかかれたグラフを街で見かけることはほとんどありませんよ。電車の中で,飲むと痩せるお茶の広告を見たけど,大きなグラフがでかでかとあって,その他は『飲めば痩せる!』ってキャッチフレーズで埋まっていて,ほとんどそのグラフを作るためのデータの内容についてかかれていなかった気がする。じゃあもうグラフは見ちゃいけないってことですか?」
「いや,正しいグラフは強い味方になってくれるよ。数字だってそうだ。読み取る人間がしっかりと正しく捉えることができれば,よりよい生活を送るための重要なツールになってくれるんだよ。」
「ぼくがこの授業で言いたかったのは,数字やグラフを決して鵜呑みにしてはいけないということなんだ。数字にもいろいろな性質があるってことや,グラフで重要なのは傾きだけじゃないっていった知識が,君たちが誤った判断をする可能性を低くしてくれる。そして,さらに数字やグラフをよりよい生活に生かすチャンスも増える。僕も昔は数字を鵜呑みにして,合格率100%だっていう塾に入ったけど……あ,もうこんな時間だね。それじゃあ今日はここまで。期末テストの勉強,頑張ってね」
人間科学部2年 松田華嘉