「カナリア学園の物語コンテスト」入選作品

作品番号2 カナリア学園の「賢い」卒業生

日常的生活を賢く送る

 ここはN市の中心部のおしゃれなカフェ。N市といえば,名門カナリア学園やZ大学がある学園都市です。そのため,このカフェは女子学生たちの人気スポットとなっており,いつも賑わっています。
 そんなカフェも,お正月ともなれば落ち着きを取り戻し,今日は初詣の帰りらしいお客さんがちらほら見える程度。そんな中,おしゃれな雰囲気には少し合っていない,疲れた顔をした男性がいます。
 ウラシマ「ふう,お正月で研究がひと段落ついたとはいえ,『考える授業』の研究が忙しくなってしまったせいでのんびりもしていられない。新年も始まったばかりなのに,じきに研究の発表会も控えているし…」
 彼の名前はウラシマケント。とある大学で認知心理学の研究をしており,今はその一環として,子供たちに考える力を身につけるための『考える授業』の研究をしています。研究自体は好評で,どんどん規模が大きくなっていますが,彼は少し悩んでいました。
「『考える授業』の研究は今や様々な研究機関でされているけれど,僕の考える『賢さ』はIQテストのようなものでは測りにくいから,なかなかその成果は見えづらい。本当に子供たちの考える力を育てているのかな?」
 ぬるくなったコーヒーをすすっていると,楽しげな二人組の女の子たちが入店してきました。
ミユ「初詣すごく混んでたね,マミ」
マミ「本当ね,ちょっと疲れちゃった。私,カプチーノにしよう。ミユは何にする?」
 ウラシマ先生はすぐに気づきました。彼女たちはカナリア学園の卒業生。自分が三年前に直接『考える授業』を担当した生徒です。自分の授業を受けた生徒たちの成長を知りたいと思っていたウラシマ先生は,二人の会話をちょっと聞いてみることにしました。

「そういえば,今日年賀状と一緒に大量のチラシが届いていてびっくりしちゃった」
「初売りのチラシね。そうだ,その中に電気屋さんのチラシはなかった?実は今年からドイツ語を習おうと思っていて,電子辞書とドイツ語の辞書専用ソフトウェアがほしいと思っていたの」
「奇遇ね!ちょうど私も気になっていて,チラシを持ってきてあるの」 「にこにこ電気とYOSHIDA電気が両方とも初売りのセールをやっているわ。あら?にこにこ電気は電子辞書を買ったら50%現金還元とあるわ」
「YOSHIDA電気の方は全品40%オフとあるわ。見たところにこにこ電気の方がよさそうだけど…」
「本当にそうかしら,よく考えてみましょう」


  図1 にこにこ電気とYOSHIDA電気のチラシ比較

「にこにこ電気の方で辞書を買うと5,000円が現金で還元されるわ。そのお金でドイツ語のソフトウェアを買うと支払金額の合計は10,000円となるわね。15,000円分の商品が10,000円で買えるなんてお得じゃない!」
「YOSHIDAで10,000円の辞書と5,000円のソフトを買い,15,000円の買い物をする。それを40%オフにすると…あっ,9,000円になったわ。40%より50%の方が大きな数字だから,つい飛びついてしまうけれど,実際にどちらが安いかは冷静に判断しないといけないわね」
「本当ね。じゃあ後でYOSHIDA電気に行きましょうか。」

広告の技術と罠

「そういえば,ミユ少し太ったんじゃない?」
「えっ!?何でいきなりそんなこと言うの!?」
「さっきから甘いケーキばかり5個も食べているもの」
「うう…実は,年末年始と友達や親戚とおいしいものを食べてばっかりいて,少し…太っちゃったの」
「やっぱり!そういえば,さっき持ってきたチラシの中に面白いチラシがあったわ」
そういってミユはチラシの山をあさり始めました。

   図2 怪しい広告

「なあにこれ?スゴクヤセルンダZ?」
「最近若い女の子の間ではやっているサプリメントで,チラシやCMをよく見かけるの。なんだかよさそうだから見てみたら?」
「うーん…どうも怪しいわね。少しこの広告について考えてみない?」
「用心深いわね。でも,こんなときに冷静に考えるように誰かに教わった気がするし,考えてみるのもいいわね!」

バンドワゴン効果

「10万人が購入しているのなら,わりと信頼が置けるって言えないかしら?」
「ちょっと待って,購入した人の人数と製品の効用に関係はないわ。それよりも私たちって,大勢の人が賛同しているものに流されやすいと思わない?」
(そうだね,たとえば選挙などでも,人は大勢に支持されている候補者を応援しようとする心理がある。これはバンドワゴン効果といって,政治や経済の分野で使われているんだ。そのためか,広告にも具体的にたくさんの人が支持するということを掲載して人気を集めようとするものがあるね)

カクテルパーティー効果

「忙しい人か…うーん確かに私はサークル活動やバイトに追われていて,運動する機会も少ないから,この文句は魅力的に感じるわね」
「そうそう,自分のことを言われていると思うと,たくさんの情報があってもその情報に思わず注目しちゃうわ!」
(これはカクテルパーティー効果をうまく利用しているといえるだろう。立食パーティーのような場所で騒然としていても,自分の事に関する話には反応してしまう。広告の文句で自分に当てはまるようなことを書かれていれば注目してしまうのはそのような働きの存在が考えられるんじゃないかな?でも冷静に考えてみると「忙しい人」なんていわれるとほとんどの日本人は自分のことだと思ってしまう。誰にでもありそうなことを言って注意を引いてきているものには気をつけたほうがいいね)

ハロー効果

「大学の教授が推奨しているってことは間違いなく効果があるんじゃない?」
「確かにそうかも…でもこの書き方は怪しいわ。どんな風に推奨されてるかわからないわ。ダイエットに効果があるとは言ってないし」
(それはハロー効果だね。一つの顕著な事柄に評価が引きずられ,他の事柄の評価がゆがめられてしまうという認知的なバイアスのことだね。)

統計のトリック

「そういえば,このグラフ少し変だわ!縦軸の数字を見てみて!」
「ええっと,あっ,数字がすごく小刻みだわ!これならほんのちょっと体重が落ちただけでもすごく体重が落ちたように見えちゃうわ!実際,この例だって1kgも体重が落ちていないわ!誤差の範囲じゃない!」
「そうやってみたらシボーオチルが1億倍っていうのもおかしいわね。比較の対象がなんでパプリカなのかしら?パプリカにはどの程度のシボーオチルが含まれているのかが分からないから,この比較は信頼できないわ」
(統計のトリックは広告の中で非常にたくさん見られるね。本当にその統計が妥当であるかを検討してみないとだまされてしまうかもしれないね。)

 おしゃべりは尽きませんがそろそろ二人は次の目的地に向かうようです。その時一人の男性が二人に声をかけました。
「やあ君たち。僕のことは覚えているかな?」
ミ&マ「あっ!ウラシマ先生!」
「覚えていてくれていたみたいだね。実は二人の会話を少し聞かせてもらっていたんだ。」
「ええ!恥ずかしい!」
「ははっ,ごめんね。僕は今『考える授業』の結果が見えづらくて,本当に効果が出ているかわからないということで悩んでいたんだ。でも今日君たちの話を聞いてその悩みが少し解消されたよ。君たちは広告の心理トリックを見破っていく中で,分析的に考える賢さ,実践的に考える賢さを発揮していたね。この賢さは数字では表しにくいけど,確実に君たちに身についているんだ。これからもその賢さを大事にしていってください!」

 ウラシマ先生は二人が行ってしまったあと,カフェで仕事を始めましたが,その顔には嬉しさと満足があふれていました。

人間科学部2年 中平達彦